『格差』と『貧困』と『不平等』を広げる自民党・創価学会・経団連を抹殺せよヽ(´∀`)9 ビシ!! これでは、日本のお先は真っ暗(*∀*)YO!!
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イギリスで航空機爆破テロ未遂事件が先日あった。2ちゃんねるで遭遇した自殺願望を抱いてた奴を思い出した。小泉改革の賜物で、低所得者が急増した。その結果、自殺志願者・自殺者が増え続けている。名前も知らない其奴と遭遇したのも、ある意味必然的なことだったのかも知れない。「小泉改革は相当な成果が上がっている」という相当な確信を得ることも出来た
そして、何故其奴のことが想起されたかというと、「死にたい。でもタダで死ぬつもりはない。俺が死ぬときは、9.11のような大事件を起こしてやる。みんな道連れだ」と空恐ろしいことをのたまわっていた。しかし、もちろん自分は「そりゃそうだ」と思わずうなずいてしまった。誰だって苦しみを味わったままで、『犬死に』するなんてお断りだ。どうせ自分が最後に死ぬ時ぐらい、世間の注目様を集めたいもんだし、せめて世間様に対して何か残したいもんだ。一人で死ぬのも寂しいもんだ。練炭などを使って、計画的に集まって自殺している人間が多いのがその証左だろう。ましてや、誰も自分を救ってくれない軽薄な社会や人間に対して、その道連れすることの何を躊躇することがあろう。こういうアルカイダよろしくの自殺志願者が増え続けてるのも、やはり困窮しきった日本国では仕方ないことなのである。そして、いざ実行されても誰も文句を言えない時代に突入してしまった。極めて残念なことではあるが。もちろん日本国内でそんな事件を聞いたことがないので、まだ其奴は死んでいないはずである。
しかしながら、大した武器を持ち込めない状態で、一人で飛行機をハイジャックするというのは難しいのではないだろうか。爆発物を検知できる機械が日本の殆どの空港に整備されているというニュースも聞いた。練炭を使って集団自殺をするなど、日本人は特有の協調意識がある。乗客の殆どを自殺願望を持った人間で埋め尽くし、羽田発→○○原子力発電逝きの集団旅行でも企画すれば、大した武器などを持ち込まずとも可能かも知れない。やってやれないことはないかもしれないw
個人的には、『電車』の方がより確実で安全な方法でないんだろうかと思った。厳重な手荷物検査をされる訳ではないから、飛行機よりは比較的やりやすいはず。また日本人にとっては、飛行機よりも電車の方が身近な足として定着している。それが標的にされると言うことは、やはり大きなインパクトが残せる。また一家の大黒柱的な男性も多いだろう。生活がままならなく家庭が増える。一人が死ぬだけで多数の人間が苦しむ。
例えば、電車が走行中に運転手をナイフで脅して、速度超過させるだけでかなり大規模の事故を引き起こせる。カーブに差し掛かったり、前方にいる車両にぶつかりさえすれば、あとは一番先頭にいる自分は即死である。ましてや、車両も死体もグッチョングッチョンで、事故と片付けられる可能性もあるんだから、これほど綺麗な自殺はない。確か、電車の速度を自動的に制御するATS(?)は、JR西日本では未だにほとんどの路線で整備されていないはずだったから(ry。
そもそもインパクトがあるという理由だけで、飛行機や電車を狙うというのもいささか短絡的である。幼稚園・保育園・小学校など身近で、確実な場所が色々ありそうなものである。社会の希望であり、未来である子供が、そこにはいっぱい詰まっている。それが突如と理由無く失われれば、社会は酷く落胆し、生きる希望や活力も失われる。やはり数が多ければ、9.11のと同じぐらいインパクトは残せるであろう。
その希望を人々から無理矢理奪えば、「私は何という罪深いことをしてしまったのだろう」と計り知れない罪悪感が芽生え、それが今の曖昧な自殺願望を、もっとハッキリとした形にしてくれるだろう。いっそ他人を殺すことが、自分が死ぬことなのである。自分を殺したいなら、いっそ他人を殺してしまった方が楽なのである。また日本には死者に鞭を打つという習慣はなく、逮捕される前に、自殺してしまえばいいのである。世間に見にくい自分の死体が晒されることはない。まさしく一石二鳥とはこのことである。被害者給付金制度も充実してきているため、社会があとは面倒を見てくれるので残された被害者家族について何の心配も要らない。
また病院には風前の灯火の方々がたくさんおられる。その方々達から苦しみを解放してあげる。これは解釈しようによっては、一種の神の施し解釈できなくもない。世の中には、『安楽死』というものが存在する。人の命を奪ってあげることが、一種『正義』なのである。自分が死ぬときには、何か社会に貢献してから自殺したいと思う方もいるかも知れない。その時こそ、この施しがあるのではなかろうか。そして、一緒に静かに天に召されなさい。
一生に一度しかない『死』を無駄にしないためにも、誰もがやったことのないようなインパクトのある自殺をプロデュースしなければならない。一世一代の大花火を打ち上げなければ損だ。ましてや複数の志願者と実行するとなれば、色んな多様性や可能性も生まれてくる。どういう死に方であれ、誰かの手を煩わせることになるんだし、あれこれ他人の迷惑を考えること自体無意味である。当然、道連れは多い方がいいに決まっている。何も残らない自殺よりも、何か社会に意味を残せる殉教的な行為をする方がマシであることは間違いない。
そして、何故其奴のことが想起されたかというと、「死にたい。でもタダで死ぬつもりはない。俺が死ぬときは、9.11のような大事件を起こしてやる。みんな道連れだ」と空恐ろしいことをのたまわっていた。しかし、もちろん自分は「そりゃそうだ」と思わずうなずいてしまった。誰だって苦しみを味わったままで、『犬死に』するなんてお断りだ。どうせ自分が最後に死ぬ時ぐらい、世間の注目様を集めたいもんだし、せめて世間様に対して何か残したいもんだ。一人で死ぬのも寂しいもんだ。練炭などを使って、計画的に集まって自殺している人間が多いのがその証左だろう。ましてや、誰も自分を救ってくれない軽薄な社会や人間に対して、その道連れすることの何を躊躇することがあろう。こういうアルカイダよろしくの自殺志願者が増え続けてるのも、やはり困窮しきった日本国では仕方ないことなのである。そして、いざ実行されても誰も文句を言えない時代に突入してしまった。極めて残念なことではあるが。もちろん日本国内でそんな事件を聞いたことがないので、まだ其奴は死んでいないはずである。
しかしながら、大した武器を持ち込めない状態で、一人で飛行機をハイジャックするというのは難しいのではないだろうか。爆発物を検知できる機械が日本の殆どの空港に整備されているというニュースも聞いた。練炭を使って集団自殺をするなど、日本人は特有の協調意識がある。乗客の殆どを自殺願望を持った人間で埋め尽くし、羽田発→○○原子力発電逝きの集団旅行でも企画すれば、大した武器などを持ち込まずとも可能かも知れない。やってやれないことはないかもしれないw
個人的には、『電車』の方がより確実で安全な方法でないんだろうかと思った。厳重な手荷物検査をされる訳ではないから、飛行機よりは比較的やりやすいはず。また日本人にとっては、飛行機よりも電車の方が身近な足として定着している。それが標的にされると言うことは、やはり大きなインパクトが残せる。また一家の大黒柱的な男性も多いだろう。生活がままならなく家庭が増える。一人が死ぬだけで多数の人間が苦しむ。
例えば、電車が走行中に運転手をナイフで脅して、速度超過させるだけでかなり大規模の事故を引き起こせる。カーブに差し掛かったり、前方にいる車両にぶつかりさえすれば、あとは一番先頭にいる自分は即死である。ましてや、車両も死体もグッチョングッチョンで、事故と片付けられる可能性もあるんだから、これほど綺麗な自殺はない。確か、電車の速度を自動的に制御するATS(?)は、JR西日本では未だにほとんどの路線で整備されていないはずだったから(ry。
そもそもインパクトがあるという理由だけで、飛行機や電車を狙うというのもいささか短絡的である。幼稚園・保育園・小学校など身近で、確実な場所が色々ありそうなものである。社会の希望であり、未来である子供が、そこにはいっぱい詰まっている。それが突如と理由無く失われれば、社会は酷く落胆し、生きる希望や活力も失われる。やはり数が多ければ、9.11のと同じぐらいインパクトは残せるであろう。
その希望を人々から無理矢理奪えば、「私は何という罪深いことをしてしまったのだろう」と計り知れない罪悪感が芽生え、それが今の曖昧な自殺願望を、もっとハッキリとした形にしてくれるだろう。いっそ他人を殺すことが、自分が死ぬことなのである。自分を殺したいなら、いっそ他人を殺してしまった方が楽なのである。また日本には死者に鞭を打つという習慣はなく、逮捕される前に、自殺してしまえばいいのである。世間に見にくい自分の死体が晒されることはない。まさしく一石二鳥とはこのことである。被害者給付金制度も充実してきているため、社会があとは面倒を見てくれるので残された被害者家族について何の心配も要らない。
また病院には風前の灯火の方々がたくさんおられる。その方々達から苦しみを解放してあげる。これは解釈しようによっては、一種の神の施し解釈できなくもない。世の中には、『安楽死』というものが存在する。人の命を奪ってあげることが、一種『正義』なのである。自分が死ぬときには、何か社会に貢献してから自殺したいと思う方もいるかも知れない。その時こそ、この施しがあるのではなかろうか。そして、一緒に静かに天に召されなさい。
一生に一度しかない『死』を無駄にしないためにも、誰もがやったことのないようなインパクトのある自殺をプロデュースしなければならない。一世一代の大花火を打ち上げなければ損だ。ましてや複数の志願者と実行するとなれば、色んな多様性や可能性も生まれてくる。どういう死に方であれ、誰かの手を煩わせることになるんだし、あれこれ他人の迷惑を考えること自体無意味である。当然、道連れは多い方がいいに決まっている。何も残らない自殺よりも、何か社会に意味を残せる殉教的な行為をする方がマシであることは間違いない。
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