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『格差』と『貧困』と『不平等』を広げる自民党・創価学会・経団連を抹殺せよヽ(´∀`)9 ビシ!!  これでは、日本のお先は真っ暗(*∀*)YO!!
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12月23日である今日は天皇誕生日。

思い返してみると、今月は愛子の誕生日でもあった。秋篠宮も今月が誕生日だった気がする(ギリギリ先月だったか?)。何故か、12月は皇族に恵まれた月であるようだ。色々12月について調べてみたが、強引にこじつけられそうなものは、残念ながら自分には見つけられなかった。しかし、どうして今上も皇太子(8月30日?)も国民(とは言っても学生だが)が長期間の休みの期間に生まれるのだろうか。「学生からしてみれば、何の有り難みも糞もないだろう」…と言ってしまえば、少し言い過ぎであろうか。

今年の世相を反映した漢字が「命」であったのは、悠仁が生まれたことも影響しているらしい。ちなみに、「命」は「みこと」とも読むことが出来る。その意味は、「上代、神または貴人の尊称」だそうである。

そして、そろそろ今上が死ぬ頃かなと、不届きにも勝手に思っている。何故なら、その悠仁が生まれたからである。自分には、神さまが「今上の役目はもう終わった。安心して往生してください」と仰せになられた気がした。まあ勝手な個人的な妄想なので、あしからず。しかし、今上はリアル神ではないのだから、いずれ死ぬ。もし死んだ場合、その皇位は悠仁よりもまず現皇太子に継承される。そして、現「皇太子妃」である雅子も、当然「皇后」となられる。


そこでふと思った。雅子に「皇后の資格があるのだろうか」ということを。

+ + + + +


と言うよりも、「皇后のプレッシャーに耐えられるのか」ということが疑問で仕方がないのだ。ただでさえ、「皇太子妃」という重々しい称号を背負わされ、心も体もグロ画像かと思うぐらいに押しつぶされているのだ。「皇后」という称号は、「皇太子妃」という生ぬるい称号などではない。その重責にプレッシャーたるや、比較にならないことは明白であり、雅子のグロ度は今以上に進行するのではないだろうか。

ましてや、そのことを案じて、夫である現皇太子は「雅子の人格を否定するような勢力は、許しおまへん!」とお怒りになられていらっしゃる。直情的なこのお方が、天皇になられたらと思うと…。好意的に解釈するとするならば、そこまで二人とも追い込まれていると考えても支障はないかも知れない。

では、一体この二人はどこの不届き者に追い込まれているのだろうか。そう、我々日本国民にである。何も天皇制を訝しがっている、どこぞの目の青い、またエラの張った外国人でもない。

皇族らしい品性だの品格だの、自分にないものを、我々は彼らに対して執拗に求めたがる。しかも、それがまるで義務であり、当たり前の奉仕であるかのように思っている。執拗に求めていなかったとしても、雅子をグロになるまで押しつぶしたのは我々国民なのだから、執拗に品性だの品格だの求めずに、「彼らはまだ天皇ではないのだから、自由に行動させてやろう」と自分たちの行動を諌めようという動きは、何故か出てこない。

それはつまり皇族が一般人化することに対しては、違和感を持っているからである。積極的要求でこそないにすれ、消極的要求を知らず知らずのうちに(ry。

天皇や皇室を尊崇していると偉そうに宣っているにも関わらず、その天皇になるべき存在である皇太子一家に対しては、全くぞんざいに扱っているのだから不思議で仕方がない。自分たちよりも上位であらせられる皇族であると本当に感じているのであれば、何かを要求することなど論外であり、衆目に触れるどころか本来であれば恐れ多いことで、許されはしないであろう。

結局、雅子を皇后たらしめるのもたらしめないのも、国民の意識や願望の匙加減一つであることが分かる。

しかし日本国民の多くは、雅子を操り人形かのように扱っているのだ。ただモノ扱いされて、誰が生き生きと子供を孕みたいと思うのだろうか。人間(雅子)はモノではない。だからといって、雅子らに人間としての尊厳を与えてやるとするならば、当然それに派生される権利や義務も与えてやらなければならない。しかし現段階においては、それに違和感を抱く国民は少なくない。何故なら、日本人は人柄や能力よりも、踏襲された権威や地位を好み、それに服従することにこそ絶対的な美徳を見出し、恍惚感を得るからだ。趣味が悪いとはこのことだ。

これではどちらが上位に位置しているかが分からない。いつから皇族は嫁で、国民は姑という関係が成立してしまったのだろうか。いや、それならそれで、別に自分は構わない。ただ、皇室が国民よりも地位が下なのであれば、その程度の存在であるとするならば、そもそも尊崇する意味が見出せなくなってしまう。散々「皇族は尊崇すべき対象である」などと喧伝しておきながら、何だこの様はと言う話。しかも天皇の血脈を繋げたいと国民は焦るばかりに、その自らの願望がますます遠退いているのだから何とも皮肉である。

もし過度で不躾な、この国民の願望や視姦が続けば、確実に彼女は潰れるだろう。第二子を産むどころか、もしかすれば皇室の歴史上初のじさt(ry。もしそうなれば、日本の歴史の汚辱の一つとして、後世まで語り継がれるのではないだろうか。果たして、愛子は日本国民に対してどういう感情を抱くのだろうか。秋篠宮は会見を開いてまで諌めたが、皇太子が憤懣やるかたない気持ちが理解できなくはない。

また皇位継承問題を見ても分かるように、皇室は徐々に軋みを立てて、歪みつつあるようだ。その中で、悠仁が光臨した。しかし、果たして、今日のような祝日がいつまで続く事やら…。そう思えて仕方がない。そして、そもそも我が日本国に果たして、こういう良く分からない皇族という存在が必要なのであろうか。素朴な疑問で仕方がない。
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