『格差』と『貧困』と『不平等』を広げる自民党・創価学会・経団連を抹殺せよヽ(´∀`)9 ビシ!! これでは、日本のお先は真っ暗(*∀*)YO!!
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もちろん、紀子と悠仁の退院ではない。あんな連中のことなど、最早どうでも良い。
今日は何と言っても、泉明日香の新作DVD「明日香のTオーレ」の発売日なのだ。
中学生で初めてTバックを履き、注目を集めたあの泉明日香の新作が今日発売される。
Tバックの日焼け跡が見えるぐらいの極小水着。
大陰唇がプックリ見えちゃうぐらいのハイレグ水着。
いや、Tフロントと言ってもいいぐらい際どいビキニ。
前作の「明日香のTタイム」を遙かに凌ぐ出来になっていることは間違いない。
当初は原始人かのように揶揄されていたルックスも、作品ごとに可愛くなっている事実。
女はやはり脱がなければならない。特に良い女は脱ぐ義務がある。
綺麗な女は宝石だ。宝石は公衆の面前に晒してこそ、価値がある。
タンスの奥に仕舞っておけば、その輝きは永遠に失われてしまう。
それを出し惜しみしない泉明日香は、称賛に値する。
何と言っても、泉明日香は尻が綺麗。ぷりんぷりん。
尻の筋肉が引き締まっており、形も見事。
ヒモTバックとの対比も素晴らしい。
しかも、来月にはとうとう小学生で初めてTバックをしたDVDが発売される。
この娘もなかなか可愛らしいTバックを履いていて、期待が持てそう。
そのDVDを撮影・販売している心交社は、値段が3000円前後とリーズナブル。
この点も称賛できうる点であろう。
そういえば自らの国家や民族に固執する右翼系の若者が世界的に増えているという事実も、多少気になるところだが。
ttp://www.asahi.com/culture/fashion/TKY200609110089.html
2chのアチコチにコピペされまくってるので、何となく使ってみるテスト。朝日は正論を言っているが、ちょっと言葉が足らなさすぎというか、唐突すぎる。「無思考で組織から黙って言われたとおり従っているアフォが多い」「政府の言うことは絶対で、誰も政府を批判しない今の世の中は間違っている」という“痛烈な”批判をしたいのは分かるが、何でもかんでも政治を絡めるのはあまり感心しない。所構わずコピペして嫌がらせをする、空気の読めない嫌韓厨・嫌華厨ではないのだ。もう少し、自重はしていただきたい。ファッションはファッション、スポーツはスポーツ、政治は政治と楽しみたいのだ。この間の、マナーや節操もない自民党・横浜市連のアフォどもを反面教師にしていただきたい。
この続きを書いたけど、ちょっと長くなったんで、「右翼系の『若者』が増えている? いや、実際に増えているのは…」に別記事に分けて立てた。そして、今日は「泉明日香」で自分の息子も勃てる(:.;゚;Д;゚;.:)ハァハァw
なんつってw
今日は何と言っても、泉明日香の新作DVD「明日香のTオーレ」の発売日なのだ。
中学生で初めてTバックを履き、注目を集めたあの泉明日香の新作が今日発売される。
Tバックの日焼け跡が見えるぐらいの極小水着。
大陰唇がプックリ見えちゃうぐらいのハイレグ水着。
いや、Tフロントと言ってもいいぐらい際どいビキニ。
前作の「明日香のTタイム」を遙かに凌ぐ出来になっていることは間違いない。
当初は原始人かのように揶揄されていたルックスも、作品ごとに可愛くなっている事実。
女はやはり脱がなければならない。特に良い女は脱ぐ義務がある。
綺麗な女は宝石だ。宝石は公衆の面前に晒してこそ、価値がある。
タンスの奥に仕舞っておけば、その輝きは永遠に失われてしまう。
それを出し惜しみしない泉明日香は、称賛に値する。
何と言っても、泉明日香は尻が綺麗。ぷりんぷりん。
尻の筋肉が引き締まっており、形も見事。
ヒモTバックとの対比も素晴らしい。
しかも、来月にはとうとう小学生で初めてTバックをしたDVDが発売される。
この娘もなかなか可愛らしいTバックを履いていて、期待が持てそう。
そのDVDを撮影・販売している心交社は、値段が3000円前後とリーズナブル。
この点も称賛できうる点であろう。
そういえば自らの国家や民族に固執する右翼系の若者が世界的に増えているという事実も、多少気になるところだが。
ttp://www.asahi.com/culture/fashion/TKY200609110089.html
2chのアチコチにコピペされまくってるので、何となく使ってみるテスト。朝日は正論を言っているが、ちょっと言葉が足らなさすぎというか、唐突すぎる。「無思考で組織から黙って言われたとおり従っているアフォが多い」「政府の言うことは絶対で、誰も政府を批判しない今の世の中は間違っている」という“痛烈な”批判をしたいのは分かるが、何でもかんでも政治を絡めるのはあまり感心しない。所構わずコピペして嫌がらせをする、空気の読めない嫌韓厨・嫌華厨ではないのだ。もう少し、自重はしていただきたい。ファッションはファッション、スポーツはスポーツ、政治は政治と楽しみたいのだ。この間の、マナーや節操もない自民党・横浜市連のアフォどもを反面教師にしていただきたい。
この続きを書いたけど、ちょっと長くなったんで、「右翼系の『若者』が増えている? いや、実際に増えているのは…」に別記事に分けて立てた。そして、今日は「泉明日香」で自分の息子も勃てる(:.;゚;Д;゚;.:)ハァハァw
なんつってw
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朝日が9月11日のコラムで、「右翼系の『若者』が増えている」といっているが、それは大間違い。
日本の場合は右翼系の『主婦』が増えているのだ。
皇族の記事が取り上げられている数が圧倒的に多いのは、女性誌。
皇族の車を沿道で、日の丸小旗を振ってるのも、女であり、主婦なのだ。
若者よりも、余程保守的な傾向に陥りやすいのは、主婦なのだ。
主婦は日中時間をもてあまし、ネットをする時間が腐るほどある。
何より「金銭が発生する労働」をしていない。
主婦業を侮蔑するつもりは一切ないが、
自分のペースでやる限られた仕事と、ノルマが決められた膨大な仕事。
精神的にも肉体的にもどちらが体力を酷使されるかは明白だ。
つまり、それはネットで延々と議論するパワーもあり待っていることも意味している。
若者は、派遣労働や請負労働など、過酷な労働環境に強いられている。
まともな労働環境で働けている若者など、日本、いや世界でひとつまみしかいない。
大学生でも毎日のアルバイトに勤しみ、合コンや遊び、クラブなどにも励んでいる。
ましてや3年生・4年生になれば、就職活動で体力なんか残っていないに等しい。
NEETももちろん存在しているが、基本的に鬱、SAD、無気力。
ネット上で若者が何か(右翼であろうが左翼であろうが)を扇動することは不可能に等しい。
何より若者は個人主義的で、団体行動を苦手とし、極力避けたがる。
そして、そもそも若者には何か議論する、扇動するだけの「知恵」や「知識」がない。
普段から強制的に何かを学ばされていて、それ以上に何かを学習したいと思うか?
もちろん否。
その点、主婦は社会に出て働いてないから、知識欲に関しても飢えている。
また、『評価』されることにも相当、飢えている。
主婦業というのは基本的に、誰からも『評価』されない職業だからだ。
つまり、その『評価』を得る手段として、「特定の政治家」を利用する。
その「特定の政治家」を応援し、それが世間的に称賛されると、
さも自分が『評価』されたかのような『錯覚』を得ることが出来る。
逆に、何か・誰かを『貶める』ことに対しても同じ。
しかも、若者以上に結束力があり、普段からそれにも飢えている。
女は幼少期からよく便所を集団で行ったりする。
女は生まれたときから「団体行動の動物」なのだ。
そして、いつからか急に個人行動を強いられる。
かなり精神的苦痛や孤独感を感じていないはずがない。
それを欲しようともしないはずがない。
ネット上では互いの顔が見えない。
つまりは性別が分からないということだ。
女は女性専用車両等を見ても、基本的に男を警戒したがる。
しかし、ネット上では、その「警戒心」が一切生まれない。
つまりは、自分の行動に一切の躊躇も生まれないということだ。
しかも、リアルの職場や学校では「女」と言うだけで差別・蔑視されるが、
ネットでは自分の意見がダイレクトに反映される。
リアルでは得られない「達成感」が得られる。
結果、ネットの世界から抜け出せない。固執する。
日本の場合は右翼系の『主婦』が増えているのだ。
皇族の記事が取り上げられている数が圧倒的に多いのは、女性誌。
皇族の車を沿道で、日の丸小旗を振ってるのも、女であり、主婦なのだ。
若者よりも、余程保守的な傾向に陥りやすいのは、主婦なのだ。
主婦は日中時間をもてあまし、ネットをする時間が腐るほどある。
何より「金銭が発生する労働」をしていない。
主婦業を侮蔑するつもりは一切ないが、
自分のペースでやる限られた仕事と、ノルマが決められた膨大な仕事。
精神的にも肉体的にもどちらが体力を酷使されるかは明白だ。
つまり、それはネットで延々と議論するパワーもあり待っていることも意味している。
若者は、派遣労働や請負労働など、過酷な労働環境に強いられている。
まともな労働環境で働けている若者など、日本、いや世界でひとつまみしかいない。
大学生でも毎日のアルバイトに勤しみ、合コンや遊び、クラブなどにも励んでいる。
ましてや3年生・4年生になれば、就職活動で体力なんか残っていないに等しい。
NEETももちろん存在しているが、基本的に鬱、SAD、無気力。
ネット上で若者が何か(右翼であろうが左翼であろうが)を扇動することは不可能に等しい。
何より若者は個人主義的で、団体行動を苦手とし、極力避けたがる。
そして、そもそも若者には何か議論する、扇動するだけの「知恵」や「知識」がない。
普段から強制的に何かを学ばされていて、それ以上に何かを学習したいと思うか?
もちろん否。
その点、主婦は社会に出て働いてないから、知識欲に関しても飢えている。
また、『評価』されることにも相当、飢えている。
主婦業というのは基本的に、誰からも『評価』されない職業だからだ。
つまり、その『評価』を得る手段として、「特定の政治家」を利用する。
その「特定の政治家」を応援し、それが世間的に称賛されると、
さも自分が『評価』されたかのような『錯覚』を得ることが出来る。
逆に、何か・誰かを『貶める』ことに対しても同じ。
しかも、若者以上に結束力があり、普段からそれにも飢えている。
女は幼少期からよく便所を集団で行ったりする。
女は生まれたときから「団体行動の動物」なのだ。
そして、いつからか急に個人行動を強いられる。
かなり精神的苦痛や孤独感を感じていないはずがない。
それを欲しようともしないはずがない。
ネット上では互いの顔が見えない。
つまりは性別が分からないということだ。
女は女性専用車両等を見ても、基本的に男を警戒したがる。
しかし、ネット上では、その「警戒心」が一切生まれない。
つまりは、自分の行動に一切の躊躇も生まれないということだ。
しかも、リアルの職場や学校では「女」と言うだけで差別・蔑視されるが、
ネットでは自分の意見がダイレクトに反映される。
リアルでは得られない「達成感」が得られる。
結果、ネットの世界から抜け出せない。固執する。
最終的に「『右翼系主婦』が増えている」と断言できる根拠が一つ。
『朝日新聞の発行部数が減り続けている』ということだ。
つまり、朝日新聞に対して『解約件数が増加している』。
主婦は家計に関する財布の紐を握っている。
どこの新聞を取るか取らないかは、全て主婦の一存なのだ。
新聞の部数を減らすも増やすも、主婦が鍵を握っている。
夫の一存で朝日の購読を止め、読売に変更することは不可能だ。
軽自動車の販売台数が増え続けているのも、同じ理由に尽きる。
少なくとも、『若者』が右傾化しているとされる主張とは結びつかない。
若者は基本的に新聞を取らないし、読まない。
実家を出て一人暮らしをしても、金銭的にそんな余裕もない。
ましてやネット世代の若者だ。
ネットから情報を得ていることは明白だ。
右翼系の『若者』が増えていないとはもちろん言わない。
ただ社会的に何か影響を及ぼすほどは増えていない。
若者には持続性もない。
就職しても3年以内、5年以内に退職するのが大半だ。
そんな人間がずっと右翼的で居続けることが出来るのか?
自分はそうは思わない。
そして、『若者』の多くは小泉政権の5年で気付いたはずだ。
「政府べったりを続けても、一向に暮らしは良くならない」と。
『主婦』には金を届けてくれる便利な夫がいる。
しかし、『若者』はそうはいかない。
自分で金を稼いで、生きていかなければならない。
ましてや、いずれはその『主婦』を養わなければならないのだ。
だから、『主婦』は無責任な行動が取れ、『若者』は無責任な行動が取れない。
『若者』は「反政府」の道を選ばざるを得ないことを、薄々気付いている。
何故なら、社会に出ているから。触れているから。
しかし、『主婦』は相変わらずも無知なのだ。
最近、「学校」に無理難題のクレームを入れる「自己中心的な親」が急増している。
学校はまず「親」に反論しない。「親」は学校の前では絶対的強者を誇れる。
「親」の地位が絶対化されることで、自分である「主婦」も勝手に絶対化されてしまう。
自分は批判こそするも、批判されることを徹底的に拒否感を示す。
何故なら、主婦は内にこもり、社会に触れていない子供なのだ。
「親」は弱者イジメが大好きなのだ。
その「親」は、『主婦』以外の何者でもない。
女のイジメは、男よりもえげつないと聞く。
『主婦』は日本(政府)という言葉さえ持ち出せば、
自分が絶対的強者になったと勘違いできる。
だから、『主婦』は右傾化した。
『朝日新聞の発行部数が減り続けている』ということだ。
つまり、朝日新聞に対して『解約件数が増加している』。
主婦は家計に関する財布の紐を握っている。
どこの新聞を取るか取らないかは、全て主婦の一存なのだ。
新聞の部数を減らすも増やすも、主婦が鍵を握っている。
夫の一存で朝日の購読を止め、読売に変更することは不可能だ。
軽自動車の販売台数が増え続けているのも、同じ理由に尽きる。
少なくとも、『若者』が右傾化しているとされる主張とは結びつかない。
若者は基本的に新聞を取らないし、読まない。
実家を出て一人暮らしをしても、金銭的にそんな余裕もない。
ましてやネット世代の若者だ。
ネットから情報を得ていることは明白だ。
右翼系の『若者』が増えていないとはもちろん言わない。
ただ社会的に何か影響を及ぼすほどは増えていない。
若者には持続性もない。
就職しても3年以内、5年以内に退職するのが大半だ。
そんな人間がずっと右翼的で居続けることが出来るのか?
自分はそうは思わない。
そして、『若者』の多くは小泉政権の5年で気付いたはずだ。
「政府べったりを続けても、一向に暮らしは良くならない」と。
『主婦』には金を届けてくれる便利な夫がいる。
しかし、『若者』はそうはいかない。
自分で金を稼いで、生きていかなければならない。
ましてや、いずれはその『主婦』を養わなければならないのだ。
だから、『主婦』は無責任な行動が取れ、『若者』は無責任な行動が取れない。
『若者』は「反政府」の道を選ばざるを得ないことを、薄々気付いている。
何故なら、社会に出ているから。触れているから。
しかし、『主婦』は相変わらずも無知なのだ。
最近、「学校」に無理難題のクレームを入れる「自己中心的な親」が急増している。
学校はまず「親」に反論しない。「親」は学校の前では絶対的強者を誇れる。
「親」の地位が絶対化されることで、自分である「主婦」も勝手に絶対化されてしまう。
自分は批判こそするも、批判されることを徹底的に拒否感を示す。
何故なら、主婦は内にこもり、社会に触れていない子供なのだ。
「親」は弱者イジメが大好きなのだ。
その「親」は、『主婦』以外の何者でもない。
女のイジメは、男よりもえげつないと聞く。
『主婦』は日本(政府)という言葉さえ持ち出せば、
自分が絶対的強者になったと勘違いできる。
だから、『主婦』は右傾化した。
また産経新聞では「貸金業規制徹底強化」に関することが一切報道されていない。ビックリした。ここ数日、新聞に穴が空くぐらい見たが全く見あたらなかった。というか、ずっといつになったら掲載するのかと心待ちしていたのに、見事にその淡い期待は裏切られた。
しかも、火曜日の朝刊では『弱者・低所得者』のことを『現状不満層』とデカデカと言い換えている。『金銭的に困窮している国民』をさも『精神的に満足していない“だけ”の国民』と矮小化した。『捏造』と言って等しい。どこまで政府にすり寄れば済むんだと、社長もろとも社員全員に対して一喝してやりたくなる。そして、ここまで事実を曲解して報道している新聞はそうはない。
産経は朝日新聞のことをよく非難しているが、少なくともこの新聞にその資格はない。何を勘違いしてるか分からないが、そろそろ少し身の程を知った方がいい頃だと思われる。政府がバックに付けば心持ち大きくなっているのかも知れないが、それは単なる虎の威を借る狐に過ぎない。
そして「産経新聞」という名前を、「大本営新聞」と名前を変えた方が、国民に対するせめてもの償いになるのではなかろうかと、“親切心で忠告”してあげる。ここまで腐りきった新聞は他にそうはない。
産経新聞も『庶民の敵』だ!
しかも、火曜日の朝刊では『弱者・低所得者』のことを『現状不満層』とデカデカと言い換えている。『金銭的に困窮している国民』をさも『精神的に満足していない“だけ”の国民』と矮小化した。『捏造』と言って等しい。どこまで政府にすり寄れば済むんだと、社長もろとも社員全員に対して一喝してやりたくなる。そして、ここまで事実を曲解して報道している新聞はそうはない。
産経は朝日新聞のことをよく非難しているが、少なくともこの新聞にその資格はない。何を勘違いしてるか分からないが、そろそろ少し身の程を知った方がいい頃だと思われる。政府がバックに付けば心持ち大きくなっているのかも知れないが、それは単なる虎の威を借る狐に過ぎない。
そして「産経新聞」という名前を、「大本営新聞」と名前を変えた方が、国民に対するせめてもの償いになるのではなかろうかと、“親切心で忠告”してあげる。ここまで腐りきった新聞は他にそうはない。
産経新聞も『庶民の敵』だ!
北柴犬には見事に騙された。年齢は60歳らしい。なんと還暦の初老だったのだ。しかも、元警視正などではなく、単なる巡査長。しかも、交通課という殺人事件など重要案件を扱う課を全く経験してなかったと言われる。両津勘吉と階級的には変わらない。実は、柴犬はラサール石井だったのだ(ノ∀`)アチャー
前々から、柴犬のことは胡散臭い人間だなとは思っていた。しかし、それは修羅場をくぐり抜けてきた無頼派なエリートゆえが醸し出している雰囲気なのかなと勝手に思い込んでいた。それは単なる「普通の胡散臭さ」だった。よく何の仕事をしているか良く分からない親戚のおじさん程度の胡散臭さだった。これは逆の意味でも裏切られた感じがする。また警視総監賞も何度も受賞したわけではなく、単なる一度受賞しただけらしい。今までの輝かしいプロフィールは見事に張りぼてだったのだ。
もし仮に、これが全て真実だとしたら、自分も人を見る目がないなとつくづく思った。
しかし、ちょっとメディアに対してはキツくお灸を据えておきたい。
何故、メディアが「柴犬の嘘プロフィールを見抜けなかった」と言うことだ。柴犬は多種多様なメディアに出演をしていた。バラエティー番組から本格的なニュース番組まで。そもそも、この迷い犬はどこから拾ってきて、誰が拾ってきたのだと問い質したくなる。それをちゃんと明確にする義務はあると思う。勝手にメディアの中に迷い込んできて、いつの間にか、住み着いてたなんて洒落にもならない。いくらファンタジスタ、ぶっ飛んでる人間だと誰からも明らかであっても、元警視の肩書きを信じて、柴犬の言っていることを鵜呑みにしてる視聴者は多分、腐るほどいたと思う。出演者の経歴や過去、背景を何も調べず、ただ「他の番組で出演してるから大丈夫だろう」と安易に出演させ、滔滔と有りもしないことを喋らせる。これほど無責任なことはない。最近では、北朝鮮を不自然なまでに擁護していたNGOの朝鮮人顔の男がまさにそれだ。
この事件に伴い、昨今の『文化人ブーム』に当然の如く、疑問視せざるを得ない。文化人は既に本職が他にあり、その合間を縫って時折TV出演している人間のことを指す。しかしその本職を言われても、どういう仕事をしているのか全く不明であったり、本職を蔑ろ・圧迫されるぐらいTVに出演している人間が多い。
文化人の多くは、普段どういう生活を送っているか、その実態や素性が分からないのが現実である。文化人は正体不明の人間だからこそ、其奴がどういう人間性の持ち主なのか、どういう経歴を持っているのか、厳格に調査する必要がある。少なくとも、メディア側は知っている必要が絶対にある。
その最も最たるが『評論家』である。『評論家』を名乗るのに、何の資格はいらない。つまり、誰でも名乗れるのが『評論家』。自分が評論家であると声高らかに吠えるだけで、誰が何と言おうと『評論家』と認めざるを得ないのだ。ジャーナリストも同じである。
『評論家』を広辞苑で引くと、「自分で実行しないで人のことをあれこれ言う人」とある。TVに出演していない間、彼らは一体何をしているのだろう。「人のことをあれこれ言う」のが仕事とは何だろう。一人でブツブツ独り言を言ってるということだろうか。2ちゃんであれこれブー垂れたレスしてるということだろうか。それでは最早、NEETや仕事をさぼっている公務員と何ら変わらない。それがTVで偉そうに自説をひけらかしている。
もちろん肩書きや過去が全てではない。学歴差別に対しては強く反対する。しかも、最近では超高学歴であっても仕事が人並みか、それ以下しかできない輩は腐るほどいる。しかし、素性の全く分からない人間がTVで滔滔(とうとう)と、自分の考えがさも世間で認められた正論であるかのように振る舞い、そして、視聴者はそれがさも正しい意見・情報であるかのように受けとってしまっている。これほど目に余る光景はない。
何の資格も必要のない、誰でもやれる職業だからこそ、メディアが厳しい目で監視する必要があるのだ。しかし、いざ胡散臭い文化人であることが暴露されてしまうと、その人間に全てをなすりつけ、メディア側は一切責任を取らない。さも自分たちも被害者であるかのように振る舞う。メディア側から垂れ流される情報の何を信用していいか分からなっているのが、悲しいかなこれが現実である。
今日奇しくも、「経済評論家」という肩書きで名を馳せていたミラーマンこと植草手鏡が痴漢の現行犯で、再度逮捕された。2ちゃんねるやネットでは、ミラーマンからテマンへレベルアップしたと揶揄されていたのには、言い得て妙だと思わず納得してしまった。
TVで調子ぶっこいてる文化人・評論家ほど疑わしい存在はいない。
それが改めて、今日立証されてしまった。
前々から、柴犬のことは胡散臭い人間だなとは思っていた。しかし、それは修羅場をくぐり抜けてきた無頼派なエリートゆえが醸し出している雰囲気なのかなと勝手に思い込んでいた。それは単なる「普通の胡散臭さ」だった。よく何の仕事をしているか良く分からない親戚のおじさん程度の胡散臭さだった。これは逆の意味でも裏切られた感じがする。また警視総監賞も何度も受賞したわけではなく、単なる一度受賞しただけらしい。今までの輝かしいプロフィールは見事に張りぼてだったのだ。
もし仮に、これが全て真実だとしたら、自分も人を見る目がないなとつくづく思った。
しかし、ちょっとメディアに対してはキツくお灸を据えておきたい。
何故、メディアが「柴犬の嘘プロフィールを見抜けなかった」と言うことだ。柴犬は多種多様なメディアに出演をしていた。バラエティー番組から本格的なニュース番組まで。そもそも、この迷い犬はどこから拾ってきて、誰が拾ってきたのだと問い質したくなる。それをちゃんと明確にする義務はあると思う。勝手にメディアの中に迷い込んできて、いつの間にか、住み着いてたなんて洒落にもならない。いくらファンタジスタ、ぶっ飛んでる人間だと誰からも明らかであっても、元警視の肩書きを信じて、柴犬の言っていることを鵜呑みにしてる視聴者は多分、腐るほどいたと思う。出演者の経歴や過去、背景を何も調べず、ただ「他の番組で出演してるから大丈夫だろう」と安易に出演させ、滔滔と有りもしないことを喋らせる。これほど無責任なことはない。最近では、北朝鮮を不自然なまでに擁護していたNGOの朝鮮人顔の男がまさにそれだ。
この事件に伴い、昨今の『文化人ブーム』に当然の如く、疑問視せざるを得ない。文化人は既に本職が他にあり、その合間を縫って時折TV出演している人間のことを指す。しかしその本職を言われても、どういう仕事をしているのか全く不明であったり、本職を蔑ろ・圧迫されるぐらいTVに出演している人間が多い。
文化人の多くは、普段どういう生活を送っているか、その実態や素性が分からないのが現実である。文化人は正体不明の人間だからこそ、其奴がどういう人間性の持ち主なのか、どういう経歴を持っているのか、厳格に調査する必要がある。少なくとも、メディア側は知っている必要が絶対にある。
その最も最たるが『評論家』である。『評論家』を名乗るのに、何の資格はいらない。つまり、誰でも名乗れるのが『評論家』。自分が評論家であると声高らかに吠えるだけで、誰が何と言おうと『評論家』と認めざるを得ないのだ。ジャーナリストも同じである。
『評論家』を広辞苑で引くと、「自分で実行しないで人のことをあれこれ言う人」とある。TVに出演していない間、彼らは一体何をしているのだろう。「人のことをあれこれ言う」のが仕事とは何だろう。一人でブツブツ独り言を言ってるということだろうか。2ちゃんであれこれブー垂れたレスしてるということだろうか。それでは最早、NEETや仕事をさぼっている公務員と何ら変わらない。それがTVで偉そうに自説をひけらかしている。
もちろん肩書きや過去が全てではない。学歴差別に対しては強く反対する。しかも、最近では超高学歴であっても仕事が人並みか、それ以下しかできない輩は腐るほどいる。しかし、素性の全く分からない人間がTVで滔滔(とうとう)と、自分の考えがさも世間で認められた正論であるかのように振る舞い、そして、視聴者はそれがさも正しい意見・情報であるかのように受けとってしまっている。これほど目に余る光景はない。
何の資格も必要のない、誰でもやれる職業だからこそ、メディアが厳しい目で監視する必要があるのだ。しかし、いざ胡散臭い文化人であることが暴露されてしまうと、その人間に全てをなすりつけ、メディア側は一切責任を取らない。さも自分たちも被害者であるかのように振る舞う。メディア側から垂れ流される情報の何を信用していいか分からなっているのが、悲しいかなこれが現実である。
今日奇しくも、「経済評論家」という肩書きで名を馳せていたミラーマンこと植草手鏡が痴漢の現行犯で、再度逮捕された。2ちゃんねるやネットでは、ミラーマンからテマンへレベルアップしたと揶揄されていたのには、言い得て妙だと思わず納得してしまった。
TVで調子ぶっこいてる文化人・評論家ほど疑わしい存在はいない。
それが改めて、今日立証されてしまった。
報道ステーションでは、19歳男の名前と顔が報道されていた。多分、他の一部のニュース番組でもきっと報道されているに違いない。ずっと以前から、19歳の男の顔や名前は知っていたはずである。何故、今になって実名・顔写真報道を始めたのか。この19歳の男は既に死んでいる。死人に口なしという諺があるように、名誉毀損罪などでメディアが訴えられる可能性が皆無になったからか?だったら、何故、神戸の東慎一朗は実名・顔写真報道しない?長崎の同級生を殺害した小六の女は?奈良県の東大寺学園に通っていた家を放火した親殺しの医者の息子は?
週刊新潮が名前と顔写真を公開したから、ウチが報道しても多分大丈夫だろうというお粗末な理由というのが、また情けない。週刊新潮様がいなければ、メディアは何も判断できないのか。週刊新潮様が右向けば右を向く、左を向けば左を向くという、最早傀儡メディアと揶揄されても仕方ない。いや、無責任メディアと揶揄した方が適切か。
公開捜査をする理由に持ち出しているが、容疑者は既に発見されている。その後に実名報道するなど、どういう意図をもって報道したのだろう。ただ「容疑者が死亡したから、自分たちに非を問われなくなった」という理由だけで、浅はかな視聴率稼ぎのために実名報道しているとしたら卑怯千万も甚だしい。これは単なるおせっかいな仇討ちである。被害者家族が仇討ち的な行為を取るならまだしも。名前や顔写真を報道する理由は既に最早皆無である。19歳の男は既に死んでいるのだ。近隣付近の市民・住民に危害が及ぶことなど有り得ない。もし「国民に多大な恐怖心を与える重大事件だった」から報道したというのなら、当然、神戸の東や長崎や奈良の犯人の名前や顔写真を公開しなければ辻褄が合わない。合点がいかない。矛盾点が色々表出してくる。
「実名・顔写真報道をすれば、少年少女の更生に多大な悪影響を及ぼす」から、報道しないのであれば、ますますメディアの自己保身だけで報道の有無を判断しているのではないか。自分たちが非難・批判をされたくないだけではないか。ただビビっているだけではないか。どういう理由で顔写真と実名の報道する・しないを判断しているのか、メディアにはその明確な理由を公開する義務がある。「国民の知る権利」や「加害少年少女の更生」など大義名分などは一切なく、ただ視聴率や部数を稼ごうという極めて浅ましい根性しか根柢にはないのではないかと疑っている国民は多いのではなかろうか。
メディアが一列で全員一定の方向に向いているのも全く意思がなくて怖いが、無秩序にアチコチ歩き回られるのも無責任である。メディアには所詮、『金』と『視聴率』しか原動力としては存在していないのであろう。だから、今回19歳男の実名・顔写真報道をしたのである。そして、日本では「生前がどんな残虐な人間であろうが、死人には鞭を打たない」という風習がないことが明らかになった。
週刊新潮が名前と顔写真を公開したから、ウチが報道しても多分大丈夫だろうというお粗末な理由というのが、また情けない。週刊新潮様がいなければ、メディアは何も判断できないのか。週刊新潮様が右向けば右を向く、左を向けば左を向くという、最早傀儡メディアと揶揄されても仕方ない。いや、無責任メディアと揶揄した方が適切か。
公開捜査をする理由に持ち出しているが、容疑者は既に発見されている。その後に実名報道するなど、どういう意図をもって報道したのだろう。ただ「容疑者が死亡したから、自分たちに非を問われなくなった」という理由だけで、浅はかな視聴率稼ぎのために実名報道しているとしたら卑怯千万も甚だしい。これは単なるおせっかいな仇討ちである。被害者家族が仇討ち的な行為を取るならまだしも。名前や顔写真を報道する理由は既に最早皆無である。19歳の男は既に死んでいるのだ。近隣付近の市民・住民に危害が及ぶことなど有り得ない。もし「国民に多大な恐怖心を与える重大事件だった」から報道したというのなら、当然、神戸の東や長崎や奈良の犯人の名前や顔写真を公開しなければ辻褄が合わない。合点がいかない。矛盾点が色々表出してくる。
「実名・顔写真報道をすれば、少年少女の更生に多大な悪影響を及ぼす」から、報道しないのであれば、ますますメディアの自己保身だけで報道の有無を判断しているのではないか。自分たちが非難・批判をされたくないだけではないか。ただビビっているだけではないか。どういう理由で顔写真と実名の報道する・しないを判断しているのか、メディアにはその明確な理由を公開する義務がある。「国民の知る権利」や「加害少年少女の更生」など大義名分などは一切なく、ただ視聴率や部数を稼ごうという極めて浅ましい根性しか根柢にはないのではないかと疑っている国民は多いのではなかろうか。
メディアが一列で全員一定の方向に向いているのも全く意思がなくて怖いが、無秩序にアチコチ歩き回られるのも無責任である。メディアには所詮、『金』と『視聴率』しか原動力としては存在していないのであろう。だから、今回19歳男の実名・顔写真報道をしたのである。そして、日本では「生前がどんな残虐な人間であろうが、死人には鞭を打たない」という風習がないことが明らかになった。
今日、ジョンベネ殺害容疑で逮捕されたジョン・マーク・カーが無罪放免・刑事訴追は見送られた。遺体に付着していた血液のDNAとカーのDNAが一致しなかったのだ。カーは異常な殺人鬼でもなく、ただの一般人だったのだ。いやただの一般人とは少し言い過ぎかも知れない。数年前に、カーは児童ポルノ「所持」容疑で逮捕されたのだ。しかしその時、逃げている。今後は、その罪を裁くためにカリフォルニア州に送致される予定だ。
確かにお粗末な検察の捜査は非難を免れない。カーに任意のDNA提出を拒否されたから、それを調べるためだけに逮捕したのだ。ある意味、博打に出たのだ。そして、失敗に終わった。一般市民がこんな大博打に付き合わされてはたまらない。しかも失敗すれば今回のように、全て市民側にその責任を負わされるのだ。たまったものではない。しかしながら、任意でDNAの提出を拒んだカーも自業自得といえるかも知れない。DNAを提出すれば、全てが明らかになり、穏便に済んだのだ。何も逮捕に至ることはなかったかも知れない。
しかし何故わたしたちの目には、カーのことが異常な殺人鬼かのように映っていたのか。簡単だ。それはメディアがそう駆り立て、面白可笑しく殺人鬼に仕立て上げたからである。10のことを、まるで100かのように報道されたからである。メディアは真相が明らかにされていない中、カーを犯人に仕立て上げたのだ。終いには全く無関係と思われる昔の映像を掘り出しては、電波で垂れ流す。しかも、さも犯人であるかのように報道しておきながら、「やっぱり犯人としては疑わしい」と言い出す始末。何故、こうも腰を据えて報道しようとしないのか。
犯人として疑わしいと分かった時点で、何故、報道を控えなかったのか。何故顔写真と本名を流すのか。もし犯人でなければ、その人物は多大な損害を被るのだ。自分たちの身勝手で、まやかしの『正義』の下では、いとも簡単に、一人の市民の人権や名誉や未来は無条件で犠牲となってしまうのか。失職や離婚など、目に見える損害から、名誉や社会的信頼など、目に見えない損害まで、種々様々多岐にわたる。それまでの平穏無事な生活が『金』で帰って来るものでは決してない。何年単位で生活が犠牲になるのだ。真相がもう少しハッキリするまで、たかだか数週間程度を何故待てないのか。犯人として少しでも疑わしければ、何が何でも凶悪犯として仕立て上げられてはたまらない。
そして、犯人でないと明らかになったとしても、その疑われた人物の名誉回復は一切図られない。産経新聞の夕刊など、真ん中に控えめに載せているだけであった。「犯人であった」ことは大きく報道し、「犯人でなかった」ことは控えめに報道、酷い場合は報道すらしないのだ。全て検察や警察の不手際のせいにして、さも自分たちには全く責任がないと思っているかのようである。警察が被害者の実名報道の権限の全てを握ると言えば、かなり問題視していた癖に、このざまである。自分たちが報道するかどうかは自主的な判断すると抗議しておきながら、その自主的に報道した内容について全く責任を取らないのだ。
やらせてくれる女であれば、どんな女でもやる。
ちょっとでもやらせてくれる素振りを見せた女は、否が応でも無理矢理やる。
メディアはこんな節操のない乱暴男と酷似している。
全く以て、メディアには『理性』の欠片が存在していないのだ。
また『知性』も『品性』も微塵も存在していない。
そこには『本能』剥き出しの快楽殺人者が佇んでいる。
明日はわが身である。少しでも疑れれば、メディアはゾロゾロと寄ってくるのだ。そして『性行為』を迫ってくる。私たちを犯すだけ犯して、身も心もボロボロにするだけボロボロにして、後は知らんぷりされるのだ。そんなレイプ魔にいつ狙われるか分からない。
ジョンベネ殺害犯を一刻も早く見つけ出し、社会から強烈な糾弾を下されるべきである。しかしながら、それ以上に早急に、恒常的にレイプを犯しているメディアを糾弾下すべきである。ジョンベネ殺害犯と大して罪の重さは変わらない。
確かにお粗末な検察の捜査は非難を免れない。カーに任意のDNA提出を拒否されたから、それを調べるためだけに逮捕したのだ。ある意味、博打に出たのだ。そして、失敗に終わった。一般市民がこんな大博打に付き合わされてはたまらない。しかも失敗すれば今回のように、全て市民側にその責任を負わされるのだ。たまったものではない。しかしながら、任意でDNAの提出を拒んだカーも自業自得といえるかも知れない。DNAを提出すれば、全てが明らかになり、穏便に済んだのだ。何も逮捕に至ることはなかったかも知れない。
しかし何故わたしたちの目には、カーのことが異常な殺人鬼かのように映っていたのか。簡単だ。それはメディアがそう駆り立て、面白可笑しく殺人鬼に仕立て上げたからである。10のことを、まるで100かのように報道されたからである。メディアは真相が明らかにされていない中、カーを犯人に仕立て上げたのだ。終いには全く無関係と思われる昔の映像を掘り出しては、電波で垂れ流す。しかも、さも犯人であるかのように報道しておきながら、「やっぱり犯人としては疑わしい」と言い出す始末。何故、こうも腰を据えて報道しようとしないのか。
犯人として疑わしいと分かった時点で、何故、報道を控えなかったのか。何故顔写真と本名を流すのか。もし犯人でなければ、その人物は多大な損害を被るのだ。自分たちの身勝手で、まやかしの『正義』の下では、いとも簡単に、一人の市民の人権や名誉や未来は無条件で犠牲となってしまうのか。失職や離婚など、目に見える損害から、名誉や社会的信頼など、目に見えない損害まで、種々様々多岐にわたる。それまでの平穏無事な生活が『金』で帰って来るものでは決してない。何年単位で生活が犠牲になるのだ。真相がもう少しハッキリするまで、たかだか数週間程度を何故待てないのか。犯人として少しでも疑わしければ、何が何でも凶悪犯として仕立て上げられてはたまらない。
そして、犯人でないと明らかになったとしても、その疑われた人物の名誉回復は一切図られない。産経新聞の夕刊など、真ん中に控えめに載せているだけであった。「犯人であった」ことは大きく報道し、「犯人でなかった」ことは控えめに報道、酷い場合は報道すらしないのだ。全て検察や警察の不手際のせいにして、さも自分たちには全く責任がないと思っているかのようである。警察が被害者の実名報道の権限の全てを握ると言えば、かなり問題視していた癖に、このざまである。自分たちが報道するかどうかは自主的な判断すると抗議しておきながら、その自主的に報道した内容について全く責任を取らないのだ。
やらせてくれる女であれば、どんな女でもやる。
ちょっとでもやらせてくれる素振りを見せた女は、否が応でも無理矢理やる。
メディアはこんな節操のない乱暴男と酷似している。
全く以て、メディアには『理性』の欠片が存在していないのだ。
また『知性』も『品性』も微塵も存在していない。
そこには『本能』剥き出しの快楽殺人者が佇んでいる。
明日はわが身である。少しでも疑れれば、メディアはゾロゾロと寄ってくるのだ。そして『性行為』を迫ってくる。私たちを犯すだけ犯して、身も心もボロボロにするだけボロボロにして、後は知らんぷりされるのだ。そんなレイプ魔にいつ狙われるか分からない。
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