『格差』と『貧困』と『不平等』を広げる自民党・創価学会・経団連を抹殺せよヽ(´∀`)9 ビシ!! これでは、日本のお先は真っ暗(*∀*)YO!!
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最初このニュースを耳にしたとき、坂東という直木賞作家が生まれたばかりの猫を、ナイフでその猫の首を切り取ったり、壁や地面に叩きつけて殺したり、無惨な方法で快楽的に惨殺したのだと思った。いくらホラー作家とはいえ、何という「猟奇的な作家」だろうという驚きとともに、それを掲載した日経新聞は、さすが「鼻くそ天皇メモ」をスクープしただけのことはある新聞だと驚いた。
しかし、よくよく聞いてみると、調べてみると、何のことはない。自宅隣のガケ下に投げ捨てているだけらしい。何だガッカリだ。しかも、2ちゃんねるやWikipediaではこの程度のことで祭りになっているらしい。さらにガッカリだ。いくら直木賞作家とはいえ、やっていることは何のことはない。保健所が飼い主の居なくなった野良猫や野良犬を薬殺しているのと同じである。今も日本のどこかで行われている「日常的な行為」と言って、何も差し支えはない。
これならまだ「鼻くそ天皇メモ」の方が余程、衝撃的で不快に感じた人間も多かったのでは。靖国参拝賛成は特に、「鼻くそが発言したことによって、反対派が一時的ではアレ増えた」のだから、特に鼻くそ天皇に対して“憎悪”を抱いているであろう。そんなに不快にさせられる新聞なら契約を破棄すればいいだけの話。それでも鬱積した感情を処理できないなら、そういう精神障害者バリバリの人間だというのなら、朝日新聞不買運動のように日経新聞不買運動を展開すればいいだけである。愚かしい限りである。
猫が生まれたとしても、結果的に自分がそれを育てられる環境にないのなら、自分が責任を持って「殺す」のが当然である。「殺す」としたら早ければ早い内の方がいいのは当たり前である。自我が芽生え、複雑な感情を抱く前に、「殺し」てあげたほうがそれのためにもなる。「死」に対する恐怖心が芽生えてしまった状況で、薬殺してしまう保健所の方が余程残酷であり、社会的に糾弾されなければいけないだろう。生まれたばかりのそれが勝手に独りでに育っていけるような社会や環境が整備されていれば、もちろん別問題であるが、そういうシステムが確立されている社会はない。
己のペットなのだから、自分が飼いきれる範疇を超えたと判断すれば、薬殺なり、この世から消すことが社会のためである。その猫を捨てて、憎むべき捨て猫なんかになってしまったら、本末転倒である。最近の日本では、マンションの小さい部屋では飼いきれなくなったからと言って、巨大・猛獣爬虫類を捨てて、近隣住民が迷惑している事件が多発している。いつも思うのだが、何故飼い主は「捨てる」ことよりも「殺す」ことを選択しないのか不思議でたまらない。明らかに、生かしておくことは社会に迷惑をかけることなのだ。実に理路整然とした「死」である。
その点、このおばちゃんは正常な判断を下している。また同じ野良猫に殺させ、その「死」を自然の摂理に任せているのだから、余程「人間的」であり、「合理的」な主張であると断言せざるを得ない。
ただこのおばちゃんは、「避妊手術も生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ」と述べ、また「人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない」とも述べているのだ。明らかに矛楯している。解せない。一方では猫を殺したり、命を奪う権利はないと言いつつ、他方ではその権利はないと言っているのだ。個人的に、このおばちゃんが猫の命を奪っていることよりも、この二枚舌の方が余程不愉快である。
このおばちゃんは大げさである。この程度のことで、「殺し」とは笑止千万だ。ただ単に世間から注目を集めたかっただけとしか思えない。作家としての宿命というものなのか。それだけが残念である。
しかし、よくよく聞いてみると、調べてみると、何のことはない。自宅隣のガケ下に投げ捨てているだけらしい。何だガッカリだ。しかも、2ちゃんねるやWikipediaではこの程度のことで祭りになっているらしい。さらにガッカリだ。いくら直木賞作家とはいえ、やっていることは何のことはない。保健所が飼い主の居なくなった野良猫や野良犬を薬殺しているのと同じである。今も日本のどこかで行われている「日常的な行為」と言って、何も差し支えはない。
これならまだ「鼻くそ天皇メモ」の方が余程、衝撃的で不快に感じた人間も多かったのでは。靖国参拝賛成は特に、「鼻くそが発言したことによって、反対派が一時的ではアレ増えた」のだから、特に鼻くそ天皇に対して“憎悪”を抱いているであろう。そんなに不快にさせられる新聞なら契約を破棄すればいいだけの話。それでも鬱積した感情を処理できないなら、そういう精神障害者バリバリの人間だというのなら、朝日新聞不買運動のように日経新聞不買運動を展開すればいいだけである。愚かしい限りである。
猫が生まれたとしても、結果的に自分がそれを育てられる環境にないのなら、自分が責任を持って「殺す」のが当然である。「殺す」としたら早ければ早い内の方がいいのは当たり前である。自我が芽生え、複雑な感情を抱く前に、「殺し」てあげたほうがそれのためにもなる。「死」に対する恐怖心が芽生えてしまった状況で、薬殺してしまう保健所の方が余程残酷であり、社会的に糾弾されなければいけないだろう。生まれたばかりのそれが勝手に独りでに育っていけるような社会や環境が整備されていれば、もちろん別問題であるが、そういうシステムが確立されている社会はない。
己のペットなのだから、自分が飼いきれる範疇を超えたと判断すれば、薬殺なり、この世から消すことが社会のためである。その猫を捨てて、憎むべき捨て猫なんかになってしまったら、本末転倒である。最近の日本では、マンションの小さい部屋では飼いきれなくなったからと言って、巨大・猛獣爬虫類を捨てて、近隣住民が迷惑している事件が多発している。いつも思うのだが、何故飼い主は「捨てる」ことよりも「殺す」ことを選択しないのか不思議でたまらない。明らかに、生かしておくことは社会に迷惑をかけることなのだ。実に理路整然とした「死」である。
その点、このおばちゃんは正常な判断を下している。また同じ野良猫に殺させ、その「死」を自然の摂理に任せているのだから、余程「人間的」であり、「合理的」な主張であると断言せざるを得ない。
ただこのおばちゃんは、「避妊手術も生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ」と述べ、また「人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない」とも述べているのだ。明らかに矛楯している。解せない。一方では猫を殺したり、命を奪う権利はないと言いつつ、他方ではその権利はないと言っているのだ。個人的に、このおばちゃんが猫の命を奪っていることよりも、この二枚舌の方が余程不愉快である。
このおばちゃんは大げさである。この程度のことで、「殺し」とは笑止千万だ。ただ単に世間から注目を集めたかっただけとしか思えない。作家としての宿命というものなのか。それだけが残念である。
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