忍者ブログ
『格差』と『貧困』と『不平等』を広げる自民党・創価学会・経団連を抹殺せよヽ(´∀`)9 ビシ!!  これでは、日本のお先は真っ暗(*∀*)YO!!
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

世間を騒がせていた(?)五輪招致立候補都市選定合戦に今日、一応の決着を見た。東京都33票、福岡市22票で、東京都側が圧勝した形で終わった。東京は予算面・財政面などで優位だと、前々から噂されていた通り、それが現実のものになった形となる。「正直、どうでもええわ」という感想をお持ちの方も多いんではなかろうか。自分もそのご多分に漏れてない。ジジイ同士の下らない言い争いほど醜いものはなかった。

しかし、これから世界各地の立候補都市と戦わなければならない。石原JAPANの道のりはまだまだ長い。未だかつて五輪が開催されたことのない南米のブラジル・リオデジャネイロか?同じく開催されたことのないアフリカ大陸の南アフリカ共和国・ケープタウンか?もしくは日本と同じアジアのインド・ニューデリーあたり?まだまだライバルはいる。日本の盟友・アメリカも名乗りを上げている。個人的な意見を言わせてもらえば、最初の三都市がのが手堅い気がする。そういえば、福岡側の応援者には王や生姜がいたらしい。見事に外人ばかり。だから駄目だったんj(ry。

それよりも世間を騒がせていたのが、福岡市職員による飲酒追突事故であろう。不幸にも3人もの子供の命が絶たれた。市庁舎には約900件あまりの抗議の電話が殺到したらしい。その中でも、「ああいう悲しい事故を起こしておきながら、五輪で浮かれてるとは何たることか」と、五輪立候補都市合戦と絡めた抗議が多かったそうだ。しかし非難するわけではないが、こういう事件が起こると毎回のように律儀に抗議の電話を入れる人間は、つくづくプロ市民の才能があると思う。もしくは朝鮮人の血でも流れているのかも知れない。

その抗議を真摯に(?)受け止めた福岡市長は、立候補都市アピールの催しを取りやめにした。個人的な印象として、3人の子供を亡くした両親を誠の哀悼をもって、というよりも五輪にこの問題が飛び火しないよう必死に努力していたようにしか映らなかった。何らかの形でそれが影響したのかも知れないと思うのは、自分が酷い天の邪鬼だからか…。まあどれだけ邪推したって、既に後の祭りである。

そういえば、「危険運転致死傷罪」が新設されて約4年ほど経つ。この法律が作られた契機の事故がある。それが東名高速道路で飲酒トラックに後ろから追突され炎上、そして後ろの後部座席に座っていた子供二人が死亡した事故である。罰則があまりにも軽いと言うことで、被害者遺族を中心に罰則強化を求める運動を展開した事による。今回、福岡市職員が起こした事故と極めてその性質が極めて酷似している。多分、この市職員も「危険運転致死罪」で立件されると思う。

「危険運転致死傷罪」と「業務上過失致死傷罪」の根本的な違いは、「故意」によるものか「過失」によるものかである。「危険運転致死傷罪」では、一般的に「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」を「故意の状態」と見なしているらしい。アルコールはもちろん酒のことである。酒は気持ち良くさせてくれる。だから何杯でも飲んでしまう。そして正常な理性や判断を、人から奪ってしまう。

そして自分は石原や福岡市長がある酒に溺れていないか心配している。そう『国威発揚』というアルコール度数が極めて強い酒にである。今の沈滞した日本に不平不満を抱き、その鬱憤を発散させるために大量に浴びてやしないか。正常に判断できなくなったからこそ、同じアジア、しかも真隣で開催されたばかりの8年後に立候補できるなんて大それたことが出来たんだろうとしか思えないのだ。普段から弱気な人間ほど酒を浴びると気持ちが大きくなって、飛んでもないことをしでかすものである。国民は彼ら「酔っぱらい」に後ろから追突されないことをただ祈るばかりである。既に大阪市や名古屋市にはずいぶんな衝突事故を起こされている。この二の舞だけは是非とも勘弁して欲しいものである。何故なら、正常な判断が出来ない状態で起こした事故は、それだけで「故意」なのだ。「殺人」なのだ。

昨今は、運転手に酒を勧めた、飲酒を止めなかった同乗者についても責任が問われる時代となった。石原や福岡市長に『国威発揚』という酒を飲ませたのは誰か、また止めなかったのは誰か。その責任も次いで問われる必要があるであろう。
PR
プルートがとうとう惑星から仲間はずれにされた。惑星の中で最も好きだった惑星だった。太陽系の最も遠くにひっそりとたたずむ惑星。月の大きさの約7分の1しかない惑星。何と可愛らしい惑星だったろう。国際天文学連盟が打ち出した惑星の定義から言えば、明らかにプルートはそれを満たしていない。随分前から疑問視もされいてようであるから、仕方ないと言えば仕方ない。名前の響きやその他色々な意味で好きだっただけに、ちょっと残念な気持ちである。

プルートが発見されたのはおよそ80年前の1930年に、アメリカの天文学者トンボーによって発見された。長渕剛でもトンファーでもない。もちろんユンボーでもない。Tombaughのトンボーだ。当初のプルートの大きさは、地球より少し小さいぐらいと思われていたが、観測技術の発展に伴い、プルートの大きさは徐々に小さくなっていった。そして今では月以下、直径など日本列島とほぼ同じになってしまった。

悲劇としか言いようがない。勝手に自分たちの無知が発端でプルートを祭り上げておきながら、自分たちの無知さを理解し始めた途端に、役者として板に付き始めた頃にプルートを無理矢理、表舞台から引きずり下ろす。人間とは何と勝手な生き物である。「惑星の定義から外れても、プルートはなくなるわけじゃありません」とこんな不届きな発言をするものもいた。当たり前である。勝手に俺のプルートを殺さないでいただきたい。いや、Plutoは元々死んでいたのか…

それはさておき、教科書業界もあわただしくなっている。文科省の影の薄い大臣・小坂も訂正を求めるかどうか、各社に対して検討を求めている。

困ったのは子供達である。惑星の覚え方が変わってくるからである。今までは、「水金地火木土天海“冥”」と大半の子供達が覚えていた。言うまでもなく、読み方は「すい・きん・ち・か・もく・どっ・てん・かい・めい」である。そして、今日からは「水金地火木土天海」になり、読み方は「すい・きん・ち・か・もく・どっ・てん・かい」になる。

声に出して読んでいただくと分かるが、何か気持ち悪い。プロ野球中継で言うと、試合結果が出る前に中継が終わるようなものである。漫才で言うと、オチがないようなものである。

だから、これからはツッコミ風の読み方を提案したい。今までの読み方だと「どってんかい…」という風になってしまう。
だから、「どってんかいッ!」とさま~ずの三村や、なかやまきんに君風に叫んでみるといい。「どってんかよッ!」「どーしたんだい!」みたいな感じで。

ちなみに星占いもキン肉マンも全く興味も関心もない。
そして、最後に最大の暴露をする。
冥王星にも全く興味がない。
俺の最初の興味津々はどこ行ったんだいッ。
つい先日、坂東を擁護するかのようなことを書いた。しかし「犬猫殺し」とされる件について思い直したのではない。自分は世間や周りの意見に合わせて、コロコロ主張を変えるようなメディアや自民党ではない。風見鶏は趣味に合わないと自負している。

ちょっと思い返してみると、あの下賤ババアは仏蘭西領のタヒチ島で暮らしているのだ。またしても、ホラーポッター翻訳者のババアと同じく、税金逃れである。うっかり忘れていた。日本から多額の金銭を奪っておきながら、一銭も日本に収めようとしないのだ。守銭奴・盗人も甚だしい。猫の命を奪うだけではなく、人の金までも奪っていたのだ。

ババアという生き物は何故ああもしみったれているのだろうか。日本から駆逐すべきである。そして、二度と日本で文筆活動ができないようにケチョンケチョンのボコボコにしてやるべきである。

主張の根本は違えど、坂東が万死に値するという結論では同じである。
2ちゃんねらー諸君、頑張るのだ。もっと祭ってやるのだ。
生暖かく見守らせていただく。
最初このニュースを耳にしたとき、坂東という直木賞作家が生まれたばかりの猫を、ナイフでその猫の首を切り取ったり、壁や地面に叩きつけて殺したり、無惨な方法で快楽的に惨殺したのだと思った。いくらホラー作家とはいえ、何という「猟奇的な作家」だろうという驚きとともに、それを掲載した日経新聞は、さすが「鼻くそ天皇メモ」をスクープしただけのことはある新聞だと驚いた。

しかし、よくよく聞いてみると、調べてみると、何のことはない。自宅隣のガケ下に投げ捨てているだけらしい。何だガッカリだ。しかも、2ちゃんねるやWikipediaではこの程度のことで祭りになっているらしい。さらにガッカリだ。いくら直木賞作家とはいえ、やっていることは何のことはない。保健所が飼い主の居なくなった野良猫や野良犬を薬殺しているのと同じである。今も日本のどこかで行われている「日常的な行為」と言って、何も差し支えはない。

これならまだ「鼻くそ天皇メモ」の方が余程、衝撃的で不快に感じた人間も多かったのでは。靖国参拝賛成は特に、「鼻くそが発言したことによって、反対派が一時的ではアレ増えた」のだから、特に鼻くそ天皇に対して“憎悪”を抱いているであろう。そんなに不快にさせられる新聞なら契約を破棄すればいいだけの話。それでも鬱積した感情を処理できないなら、そういう精神障害者バリバリの人間だというのなら、朝日新聞不買運動のように日経新聞不買運動を展開すればいいだけである。愚かしい限りである。

猫が生まれたとしても、結果的に自分がそれを育てられる環境にないのなら、自分が責任を持って「殺す」のが当然である。「殺す」としたら早ければ早い内の方がいいのは当たり前である。自我が芽生え、複雑な感情を抱く前に、「殺し」てあげたほうがそれのためにもなる。「死」に対する恐怖心が芽生えてしまった状況で、薬殺してしまう保健所の方が余程残酷であり、社会的に糾弾されなければいけないだろう。生まれたばかりのそれが勝手に独りでに育っていけるような社会や環境が整備されていれば、もちろん別問題であるが、そういうシステムが確立されている社会はない。

己のペットなのだから、自分が飼いきれる範疇を超えたと判断すれば、薬殺なり、この世から消すことが社会のためである。その猫を捨てて、憎むべき捨て猫なんかになってしまったら、本末転倒である。最近の日本では、マンションの小さい部屋では飼いきれなくなったからと言って、巨大・猛獣爬虫類を捨てて、近隣住民が迷惑している事件が多発している。いつも思うのだが、何故飼い主は「捨てる」ことよりも「殺す」ことを選択しないのか不思議でたまらない。明らかに、生かしておくことは社会に迷惑をかけることなのだ。実に理路整然とした「死」である。

その点、このおばちゃんは正常な判断を下している。また同じ野良猫に殺させ、その「死」を自然の摂理に任せているのだから、余程「人間的」であり、「合理的」な主張であると断言せざるを得ない。

ただこのおばちゃんは、「避妊手術も生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ」と述べ、また「人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない」とも述べているのだ。明らかに矛楯している。解せない。一方では猫を殺したり、命を奪う権利はないと言いつつ、他方ではその権利はないと言っているのだ。個人的に、このおばちゃんが猫の命を奪っていることよりも、この二枚舌の方が余程不愉快である。

このおばちゃんは大げさである。この程度のことで、「殺し」とは笑止千万だ。ただ単に世間から注目を集めたかっただけとしか思えない。作家としての宿命というものなのか。それだけが残念である。
タワーレコードとは、レコードやCDの販売大手の会社である。日本にもタワーレコードあるが、経営上は日本法人側が全株取得しているため、独立しているらしい。そこが破産法を申請した。何でも過去三年間で二度目の申請らしい。最近のアメリカの音楽業界ではほとんどがオンラインによる楽曲購入が主流である。ソニーのウォークマンのシェアが格段に下がってしまい、アップル社のiPodのシェアが今や大半を占めていることからも明らかである。そんな中、タワーレコードが苦境に陥っていたのは言うまでもない。音楽配信に手を出さなかったわけでもないが、やはり時代遅れの店舗中心の販売では勝てなかったのである。結果、レコード会社への支払いが滞り、破産申請という流れのようだ。

アメリカの法律は知らないが、近いうちに国営オークションで店舗などの資産売却を計り、クリスマスショッピングシーズンへ向けて再建を図るらしい。そこらへんの詳しいことは西海岸一モテた男・湯浅弁護士にでも聞くといいかもしれない。あれで弁護士なのだから、世の中どれだけ不公平か分からない|-J-).。oO(・・・・・・・・・)

それはさておき、基本的にCDの値段は高いのだ。だからオンラインによる音楽配信がアメリカでは主流になった。アップル社が提供しているサービスでは、なんと1曲150円である。シングル一枚1200円、アルバム一枚3000円はいくらなんでも高すぎるのは誰の目から見ても明らかである(ここ数年、CDを買ってないのでこの価格は間違っているかも知れない)。我らのロリータアイドル泉明日香のDVDが一枚3000円なのだ。どこぞのしょうもない歌手が、スタジオで「ふうぇふうぇ~ふうぇ~」とたかだか10曲程度歌うだけで、3000円は馬鹿げている。海外に行くわけでもなく、カラオケなら1時間たかだか数百円の話だ。実に、巫山戯(ふざけ)た話である。

店舗販売の値段としては、シングル一枚500円、アルバム一枚1300円程度が妥当な価格である。音楽とは身近なものなのだ。喫茶店やファミレスで軽くトモダチとお喋りしながら、フッと流れてきて、心地よく鼓膜を刺激してくれたり、お喋りにも花を添えてくれたりする。音楽とはそんなありふれたものなのだ。そうでなければいけないのだ。

泉明日香のDVDなんてコッソリ部屋の電気を消して、自分一人でしか見ることなどできない。13歳のお尻丸出しTバックなぞ、親や彼女などに絶対見られてはいけないのだ。その点、音楽はいつどこででも誰とでも気軽に・手軽に聞ける。そうでなければいけないのだ。

気軽さ・手軽さこそが音楽の最大のメリットであるにも関わらず、今の価格設定はそれとは正反対・逆行している。何故この価格設定なのか。安くならないのか。答えは簡単である。CDの大部分の売り上げが、音楽著作権団体である日本音楽著作権協会「JASRAC(ジャスラック)」に流れているからである。年間1,100億円もの著作権料を徴収している超巨大団体である。

アーティストや作曲・編曲者に支払われるマージンは10%もない。音楽業界を牛耳っているのは、このジャスラックであると言って差し支えない。JASRACは黒のものでも白にできてしまう、言わばキムジョンイルよろしくの王様なのだ。値下げして販売しようとしても、このジャスラックが許さない。何故なら、自分たちの懐に入る金額が減るからである。CDの売り上げが増えまいが関係ないのだ。2ちゃんなどで、ジャスラックが『カスラック』と愛情を込めたあだ名で呼ばれているのは、これが由縁である。安い輸入盤CDの販売規制など、「コピー防止CD」の普及に努めたりなど、利用者の利便性を背くようなことばかりしていたのだから仕方ない面は多々ある。

日本もアメリカ型のネット配信が主流になりつつある。着うたといった携帯を利用したダウンロード型の音楽購入が近年爆発的に伸びている。もちろん店舗販売型のCDの売り上げは急減している。しかしこのキムジョンイルが死なない限り、CD業界、はたまた音楽業界全体の勃興は有り得ないと誰もが予見できることであろう。頭上にドカッと座り続けている限り、根本的には何も変革されないのだ。

消費者の利便性よりも、自分たちの利益や保身しか考えていない団体は、米タワーレコードの末路を辿ることは目に見えている。庶民から離れてしまった『音楽』に誰が敬意を払って、お金も払って聴こうと思うのか。

このことは映画業界に対しても、同じようなことが言える。大人1500円はいくらなんでも高すぎる。音楽業界と同じ一途を辿らないことを願うばかりである。
DOCOMOのワンセグ携帯を解約後も、その携帯で「テレビが視聴できてしまう」ことが問題になっているらしい。auやボーダフォンは解約してしまえば、それでワンセグ放送が見られなくなるらしい。何でも自社のサーバーを介する形で、ワンセグ放送が受信できるようにしているからだそうである。

どちらが姑息で、ユーザーの利便性を無視しているか。もちろん後者の二社である。写真撮影機能やダウンロードしたアプリゲームをしたいがために、契約を解約しても、携帯はそのまま持ったままという人は多い。後者の二社は、カメラのレンズを奪い去り、ダウンロードしたアプリを勝手に削除してから、その携帯を消費者に返却しているようなものである。姑息の一言である。

できれば、チンカスの携帯電話を使うのは御免被りたいものである。
[1] [2] [3]
カレンダー
11 2024/12 01
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
ブログ内検索
バーコード
アクセス解析
忍者ブログ | [PR]