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『格差』と『貧困』と『不平等』を広げる自民党・創価学会・経団連を抹殺せよヽ(´∀`)9 ビシ!!  これでは、日本のお先は真っ暗(*∀*)YO!!
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昨日15日、オウム真理教(現・アーレフ)の麻原彰晃こと松本智津夫の死刑が確定した。麻原の弁護団は控訴趣意書の提出が意図的にか、単なる事務的なミスかは知らないが遅れた。なんだかんだあって(新聞とかネットで調べた方が早い)、今年3月27日、高裁は控訴を棄却した。弁護団は最高裁に特別抗告の申し立て。しかし、昨日9月15日、最高裁は麻原には訴訟能力があると認定した高裁の鑑定書は信用たるということで、その特別抗告を棄却。で、麻原しぼーんと。

当然の結果なんだろう。しかし、松本が何も話さなかったことが残念である。それを淡々と何年も続けさせたことを考えると、弁護士も検察官も裁判官も何だかグズグズだった。1審の段階、裁判のかなりの当初から、麻原はあの調子だったはずだ。何故、周りは子供をネグレクトをする親のように、麻原を放置し続けたのか。メディアも罪が重い。

よく何年も時間が掛かりすぎだと非難があるが、自分はそうは全く思わない。事件の数、つまり被害者の数が多いからだ。しかも、その被害者の多くは重度な後遺症に苦しんでいる。脳障害であったり、精神的トラウマであったり。裁判を更に迅速に進めるため、確か地下鉄サリン事件の死亡していない被害者は含まれていないはず。麻原は27人を殺害した殺人罪の罪でしか問われていないのだ。殺害された27人の数十倍の被害者は、「裁判の迅速化」という名目のためになおざりにされた。裁判にすら行けない、救われない被害者が多数生まれた。

裁判とは被害者の声を加害者や社会に訴える、伝える場ではないのか。重大な事件、特に事件の数や被害者数が多い場合は、なおさら裁判に時間を掛けていい。「迅速化」という名目のために、泣くような被害者が生まれてしまっては、それこそ本末転倒である。

しかし、この数年が中身が伴った、被害者が報われるような裁判が行われたとは当然思わない。この努力は麻原自身が行うべきだったし、何より弁護士・検察官・裁判官が怠った罪は極めて重い。だからといって、「裁判の迅速化」が全てではないし、それをことさら追求すべきことではない。

もう少ししたら、一般市民が司法・裁判に参加する「裁判官制度」が始まる。そのために、「裁判の迅速化」が絶対命題であるかのように、法務省などはやっきになっている。ブタエモンの裁判などが好例だ。麻原の裁判を見ていたら、まだ拙速すぎやしないかと疑問が芽生える。「迅速化」が被害者を救えたのだろうか。
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